デジタル版・書きたいとき日記

赤福大好きです。でも、自己紹介のときは卵が好きですと言うことの方が多いです。

生きて

さびしいな

言葉がなんにも出てこない

書くことも読むことも

やめてしまった

なにしてるんだろ

なにしてたんだろ

なにもしていないんだろ?

ずっとここに居るの

空と思っていたのは部屋の天井だった

屋台の綿菓子食べようと思わない人に

雲を食べたいなんて言う資格ないよ

今、とおくに来たところです

お元気ですか

就職しました

一人暮らししました

腸炎に2回なりました

彼氏できました

地球儀買いました

毎朝6時に起きてます

毎朝5号車に乗っています

電車の中で

本読めなくなりました

寝るようになりました

帰りはスマホ

いじるようになりました

おんなじ音楽しか

聴かなくなりました

寝るので結局

聴いているかもわかりません

人のこころを

のぞくこと

やめました

人にこころを

みせること

やめました

安定します

人がとおくに

いきました

安心します

大きい波も

小さい波も

なくなりました

水も

なくなりました

風も

なくなりました

サラサラの

白砂に

太陽がたくさん

光をもってきて

いつか子供が

わたしのこころで

泥だんご

つくるように

なります

ひいおばあちゃんの手が好きだった。

黄色いお財布、ふたつかみっつ折で鈴のついていたもの、をあけるときの手は、特に好きだった。

指先でひょいと開けるのではなくて、手のひらで包むように時間をかけて開く。

おりがみを折るときも、そうだった。

指の腹でぴーっと線を作るのではなくて、手の甲、というか指関節のところを使う。ゆっくり

肉厚なのにしわしわだった。日に焼けていてシミもたくさんあった。働きものの手

いつかあれになりたい

待ち合わせ

待ち合わせが苦手だ。時間と場所のふたつを徹底しなければならないし、なにより早くに着いても遅れて行っても人探しをしなければならない。

人間観察は大好きだけれど、それはある特定の誰かを見つける必要がないからで、なんとなくぼおっとして、女子高生の靴下丈とスカート丈の比較とか、前に座っている人の貧乏ゆすりが一分に何回かとか、この空間に金髪は何人いるかとか、そういった、ほんとうに防犯カメラの視点での観察だから、それが待ち合わせで人探しとなるとできなくなってしまう。

だからわたしは、迎えに行くとか、迎えに来てもらうとか、先にお店に入っていて店員さんに名前を言えば席まで連れて行ってもらえるとか、そういった待ち合わせが好きだ。

さいころ、よく近所の友だちの家に行ってチャイムを押した。友だちの家の玄関先で待つことは、友だちと遊んでいる時間と同じくらいわくわくした。玄関で急いで靴を履いている音がしたあとの鍵を回す音は、無意識にわたしを笑顔にさせた。

大人になって、友だちの家のチャイムを鳴らすことが少なくなった。どこかの駅の改札とか、コンビニの駐車場とか、居酒屋の入り口とか。全然楽しくない。

 

マックに行った

この間、なにかのテレビ番組で好きなマックのハンバーガーランキングをやっていて、私はサムライマックもビックマックも照り焼きバーガー(名前あってる?)も食べたことがないと気がつきました。

私が食べるのは、だいたいいつもスパチキ、それから季節が来たらグラコロ。時々、フィレオフィッシュエビフィレオ

だけど、テレビの中の芸能人たちがあまりにも美味しそうに食べているから、ちょっと食べてみようかしら、とチャレンジャーな心地になって、最寄り駅の、自宅方面とは反対出口をわざわざ抜けて、高校時代に通い詰めていた地下のマックに行きました。

お客さんより店員さんのほうが人数が多く感じられて、それで少しドキドキしてしまったわたしは、うっかりちゃっかり、チキンフィレオを頼んでしまいました。

なんというミス!!!サムライマックとかビックマックとか、ボリューミーで食べ応えのある、とランキング内でインタビューにこたえた人が言っていた、ハンバーガーを食べるつもりで来ていたのに!

それでも、人生初のチキンフィレオ、甘いソースはポテトにもつけて食べました。美味しかった。けれど、マックのチキンはいつも食べているからそこまで新鮮味はなくて、少し残念な気持ちになりました。

地下のマックはびっくりするくらい空いていて、それは今日が土曜日の、しかもおやつより少し後くらいの夕方の時間帯だからかもしれませんが、わたしと、トレンチコートを着たまま食べているお姉さんと、ジャージ姿の地元の女子高校生(高校名が背中に大きく書いてあった)3人組と、眼鏡をかけているのに頭にはサングラスが乗っているおじさんしかいませんでした。声を出しているのは高校生の3人だけで、店内放送が何周も連続して流れていました。

人柄が伝わる文章を書ける人はすごい

とある人の個展に行きました。

全然知らない人で、でも有名な人らしかった。後輩に誘われて、ちゃっかりインスタもフォローして楽しみにしていたんだけど。

感想、正直、好みじゃなかった。

本人が気持ちよくなる感想以外載せるな、って今ツイッターで大盛り上がりしてるけれど、わたしは別にファンじゃないし、帰りの新幹線で泣いてないので、載せます。

やっぱり、文章にも好みっていうのはあって、それから、好んで読んでいる文体に書く文章も似てくるのだなと実感しました。

その人は固く、硬く、堅い文体で、日常の面白くておかしなことを書いているから、わたしはとても驚きました。ちぐはぐな感じ、それがまた面白いのかな。

漢字が多いな、というのが第一印象。その人は、三島由紀夫の愛読者らしく、書く文章も戦後の男性が書く文と令和の女性が書く文で、という違いはあるものの、なんだか、ああ三島由紀夫の文章が好きそうな人が書く文章だなあ、と納得しました。

「食べる」という言葉を「食事をとる」と表現しそうな感じ、男の人が書く文章みたいな、新聞紙に書いてある文章みたいな。

わたしは比較的雑食で、特別なお気に入りは作らずに読んでいたつもりだったけれど、やはりお気に入りの作家さんはいるもので。特に詩やエッサイやコピーなどは、内容ももちろんだけど、書き方の癖みたいなものに惹かれて好んでいることが多いと思う。

その個展はやっぱり、エッセイのようなポエムのような作品がほとんどだったから、私は内容よりも書き方に目が行ってしまい(見なけりゃ読めないからあたりまえだけど)、なんだかなあという結果に終わりました。

友人に、これらのことと、追加してその他の展示方法や開催場所や来客者の系統等を話していたら、「ぜんぜんハマってなくてオモロい」と言われたので、相当苦手なジャンルだったのだと思います。

人柄だね、とも言われました。正しく!

結局、人柄が言葉によって伝わり、それが好みか否かという問題であり、言葉そのものが好きとか嫌いとか、合ってるとか合ってないとか、そういうことじゃないんだよな、ということです。

まあでも、人柄を伝えられるほどの言葉を持ち合わせていて、さらにそれに好きとか嫌いとか苦手とか、そういった感情を相手に持たせることができる文章力ってすげえな〜、という最終的な感想です。

誘ってくれてありがたい。食わず嫌いせずに様々なものごとに触れることって、自然と視野が広がるから、人生を豊かにするためにも様々な事象に手を伸ばすことが大切なんだと思う。ミーハーな気持ちはいつまでも持ち合わせていたいね。

おわり

 

男友達

「男友達」と「男の友達」は違う、と江國香織が言って(書いて)いた。

男友達を定義づけるとしたら、男であり、友達であり、なおかつ「男の友達」ではない人々だ、と。

難しいと思えば、それはとてつもなく難しい話なのだろうけど、失礼ながら現在自分の周りに存在する男性を「男友達」か「男の友達」かで分けようとすると、意外とすんなり分かれるものだ。

そして、男友達は驚くほど少ない。LINEの友だちの中だったら三人しかいなかった。きっと連絡先を知らない男友達も存在するのだろうけれど、それはきっと幼いときの記憶の中に居る人たちで、いますぐに連絡を取れる状況にある男友達は三人だ。

その三人に共通するもの、それからその他の「男の友達」との違いは何か。

おそらくそこが理論的に説明することが難しい、感覚的、生理的なものなのだろう。