デジタル版・書きたいとき日記

赤福大好きです。でも、自己紹介のときは卵が好きですと言うことの方が多いです。

ハーモニカおじさん

駅前のちいさな公園は南東の角地にあります。

公園といっても遊具はひとつしかなく、広場みたいです。ひらいた空間を囲むように石のベンチがいくつか道路との境目に置いてあり、南西の角に公衆トイレがあります。

公園の東側の道路を挟んで向かいにラブホテルがあってその隣にうなぎ屋さんがあります。南側の向かいにちいさなビルがあって一階には(たぶん)スナックとネイルサロンが入っています。二階以上は分かりません。そのちいさなビルの隣に駐輪場があって、わたしはいつもその駐輪場に自転車を停めています。

公園のベンチにはいろいろな人が座ります。くたびれたウーバーイーツのリュックサックを持ったおじさんたちがリュックを枕にして寝ています。おそらく、そういうおじさんたちのコミュニティが形成されていて、彼らは仕事をすることよりも集まることにやりがいを感じていると思います。

塾サボったのか?みたいな高校生がひとりで座っていたこともありました。夕方と夜の間の時間だったので、わたしは勝手に、この子はサボったなと感じ取りました。罪悪感からなのか手のひらサイズの参考書を開いていました。

それからサラリーマン。たぶん家に帰ったら奥さんに家事のあれこれをやらされる(という言い方は良くない?)からかな、とこれもまた勝手に感じ取っています。早く帰っても嫌がられるのかな。だいたいみんな太ももの上に肘をつけた前のめりの姿勢でスマホをいじっています。鞄盗んでもバレないだろうなってくらいスマホに集中しています。

夜遅くになってくると酔っ払いがいますが、酔っ払いって身内だと面白いけど他人だと面白くないし、ジロジロみてたら何してくるか分からないのであまり観察はしません。彼らは公園の真ん中でふざけたり、公衆トイレに行ったり、ベンチで缶のお酒を飲んだり、おじさんや高校生やサラリーマンと違って公園のすべてを使います。占拠しているように、支配しているように、みんなを遠ざけます。だから私は彼らを面白いとは思えません。

運ぶものがない配達員や、塾をサボった高校生や、家に帰るのを躊躇うサラリーマンなど、行き場のない人たちの溜まり場にはときどき、ハーモニカおじさんが現れます。ハーモニカおじさんは行き場のない人たちとは違って、石のベンチには座りません。ハーモニカおじさんはいつも、公園にひとつしかない遊具の上でハーモニカを吹きます。何の曲なのかは全く分からないし、音も大きくないので、最初聴いた時は近くの居酒屋の音漏れかと思いました。だから公園の奥にある、あの名前のわからない変な形の遊具の上におじさんがいるのを見つけたとき、わたしはおじさんを幽霊か妖精かそういった類の何かだと思いました。もしくは、この出来事自体が夢か幻なのではないかと。ハーモニカおじさんは不定期だけれど、おじさんのことを忘れないうちに公園でハーモニカを吹きます。

歓楽街の端っこの駅近のちいさな公園は、誰よりも一番ハーモニカおじさんのことを受け入れているような気がしています。石のベンチに座る行き場のない人々は、ハーモニカおじさんのことを見向きもしません。それでもハーモニカおじさんは、彼らの名前のない時間に音楽をつけてくれます。この公園がここに存在する意味をハーモニカおじさんが与えてくれているようで、わたしはこの公園とハーモニカおじさんがずっとこのままの関係でいてほしいと思っています。